ファイティングモーニング


 ふぁんた学園生徒6に在籍しているはずのYAHOは、既に四月を過ぎたというのに、まだ一度も登校していなかった。
 別に家庭的に問題があるわけでも、他に副業があるわけでも、どこかで囚人(プリズナー)になっているわけでも無い。強いていえば、本人の素行だろう。
 いや、別にその筋の方面に足を踏み入れているとか、男女問わず援助交際しまくっている訳でもない。
 まあ、百聞は一見に如かず。
 あんたも見てみなさい。

 まず入学式。
「ぐーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
次は、初詣
「すぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
さてさてバレントデー
「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

………………・・
 もうお判りだろう。
 こやつは、とてつも無く、寝汚(いぎたな)い。
 たとえ雷が落ちても、台風がきても寝続ける。大震災があったとしても、気にせず寝ているだろう。
 こうなるともう、冬眠と言っていいかもしれない。
 その寝ている姿たるや、小型の熊。
 それともドラえもんと言うべきか?
 本人は眠り姫だとか、ふざけた事をぬかしているが、眠るドラえもんに、のび太の王子様が迎えに来たんじゃ、グリム童話も浮かばれまい。
 
 某小学校教諭が、新婚生活でほのぼのしている頃、そろそろ決死隊が、行動を起こすことにしたらしい。
 ピピピピピピピピ……・・
 まず、目覚まし時計が軽快に鳴り響く。
 1分経過……無反応。
 ピピピピピピピピピ……・・
 五分経過……無反応。
 ピピピピピピピピピピピピ……・
 十分経過……なかなかよく粘る。
 ピピピピピピ……ピ……ガッシャーン!
 大破。
 布団から伸ばされた腕が、健気な時計を叩き割っていた。
 ポッポーポッポーポッポー♪
 間髪を入れず、壁の時計が鳴り出す。
 ポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポッポー
 二分経過
 ポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポッポー
 三分経過 今回はさっきより音がでかい。
 ポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポッポーポ……ドンガラガッシャーン!
 先ほど大破した目覚し時計が、壁時計にめり込んだ。
「……じゃかぁしいわ……だぁっとれ……」
 ほぼ半年振りに、寝言以外の声が聞こえる。
 寝汚い上に、こいつは寝起きも悪い。
 これだけ寝ていて低血圧というのはいけずうずうしいが、新陳代謝が極端に悪いからこそ、寝ていられるのかもしれない。
 ≪朝だ朝だ皆起きろ〜起きないと隊長さんに、ごしゃかれる〜♪≫
 今度は大音声で、スピーカーから起床喇叭ががなりだす。
「うぎゅう……何やねんな・・やかましなぁ……」
 やっと人間らしい言葉が聞こえる。
 天然コールドスリープも終了してきているらしい。
 もそもそと蠢く布団を、誰かが思いっきり踏みつけた。
「おら、起きやがれ熊」
 容赦の無い若い男の声。
 YAHOの布団を、金赤毛の男が踏みつけている。
「好い加減に起きて、ガッコ行けよ。自分が行くっつーたんだろうが」
 むにむにと土踏まずの刺激運動を繰り返す男に、YAHOの足が蹴り付ける。
「じゃかあしい、退きさらせ!わしは眠いんじゃ。ウギュ」
 踏んでいた足を軸足にして、蹴りを避けた男は、肩を竦めてベットから降りた。
「あかんな、おい、芽衣。すまね〜けどよ、ひとつあちーのぶちかましてやんな」
「いいの?滉」
 滉の言葉に、ドアから覗いていた少女が、少しだけ楽しそうに首を傾げる。
「気にすんな、火事にゃあならねぇって」
 笑う派手な男。
 YAHOの居候その一の津川滉。
 家主よりでかい顔をする男に、芽衣もけらけらと笑う。
「おっけー♪んじゃいっちょ行きますか♪」
 すうっと息を吸い込み、小さな唇から、朗々とした声が発される。
「大気に宿る精霊よ、我は怒りを胸に秘めし者・・」
 言葉とともに、何かを包み込むようにした両手の間に、赤い光が凝縮していく。
 まあ、お判りだろう、藤原芽衣お得意の火炎魔法。
「ファイアーボール!」
 火球がYAHOに向かって投げつけられた。
宇宙天地興我力量降伏群魔迎来曙光(うちゅうてんちよがりきりょうこうふくぐんまごうらいしょこう)!!」
 布団が燃え上がる寸前に、くぐもった声が発された。
 寝室を派手な光が真っ白にした後、体中に長い蛇腹に折られた紙を巻きつけた熊が、座った目で入り口を睨みつけている。
「何しやがる、この餓鬼供・・・」
「やっと目が覚めたんか、熊?」
 滉の能天気な声に、熊がもそもそと立ち上がる。
「霊縛呪決まったね〜YAHO」
 けらけらと笑う芽衣に、寝起きの熊は眇めた目を向けた。
「今のお前か?」
「うん♪ガッコ行こ♪」
 熊は深いため息をついた。
「迎えに来たんなら、もうちっと大人しく起こせよ……」
 バキ!
 ぼやく熊の後頭部に、滉の回し蹴りがHITする。
「ぐえっ」
「おめ〜なぁ。この半年、芽衣はずっと大人し〜〜く毎朝迎えに来てたんだぜ。少しは礼言え」
 悶絶する熊を冷たく見下ろしていた滉に、扉の向こうから涼やかな女性の声が飛ぶ。
「滉さん〜お婆様お目覚めなの?」
「おう、やっとだぜ」
 家主を人とも思わないような言動をしていた男とは、思えないような甘い声が出る。
「なら、朝ご飯できてますよ。皆いらして」
「ああ、すぐ行くぜ♪おら、熊、とっとと台所行くぞ。ダフネの飯が冷めちまうじゃね〜か」
 ハートが確実に飛んでいる声から、ガラリと変わる。
 津川滉。他人にはとことん強く。嫁さんには、とことん弱い男である。
「さ、行こうYAHO。あたしもお腹空いちゃった」
「ああ……憶えてろよ滉……」
 芽衣に促されたYAHOが金赤毛の背を睨みつけたが、居候は既に居なかった。

 YAHOの居候達の中で、最も有能かつ優しい主婦、ダフネの極上の朝食を腹に収めて、ふぁんた学園生徒6のYAHOは、半年振りに、初めて登校することと相成った。
「いつも思うんだけどさ〜。あんたん家って人外魔境よね〜」
 生あくびをしながらあるく熊の横で芽衣が相変わらずけらけら笑う。
「文句があるなら、居候供に言ってくれ。わしゃ知らん」
 不機嫌な寝起きの熊に、芽衣はニコニコと首を振って見せた。
「面白くていいじゃん♪」
「そ〜かよ……」
 芽衣と熊が歩く姿は、まるでドラえもんとしずかちゃん。
 いや、そんなことを言ってたら芽衣ちゃんファンに殺されるかもしれない……
「ガッコかぁ……何が起こるんだろうねぇ・・」
 妙にしみじみ言い出す熊に、芽衣がまたまたけらけら笑う。
「大丈夫!あたしら揃えば、絶対無敵よ♪」
 さて、これからの学園生活……どうなるんだろうねぇ?
 くれぐれもYAHO。居眠りはするなよ。


tobe NEXTCONTINUATION?